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【思い出】名舞台、名場面【記憶】

1 :重要無名文化財:04/03/10 20:32
今までに感動して心に残っている舞台語りましょう。

2 :重要無名文化財:04/03/10 20:38
2げっと

3 :1:04/03/10 20:42
最近の舞台だと
一昨年の菅原の通しの寺子屋、忠臣蔵の通しの大序〜四段目が良かった。

4 :重要無名文化財:04/03/10 21:50
>3
おととしの忠臣蔵通しに同意。
演舞場でやったのですよね?道行の新之助が良かったのと、
あれがマモルさんの最後の舞台になるとは思わなかった。

5 :重要無名文化財:04/03/10 22:05
一昨年は歌舞伎座!

6 :重要無名文化財:04/03/10 22:09
歌右衛門最後の舞台の井伊大老。
先代の幸四郎の白鸚襲名のときも見ていたから、
やべえ、歌さんこれが最後じゃないかと胸騒ぎがしたな。

7 :重要無名文化財:04/03/10 23:15
梅幸最後の玉手だな。
漏れが歌舞伎見るようになった時、彼はすでにピークを過ぎていて、
正直、それまでどこがいいのかわからずにいたんだけど、あの玉手にはぶっ飛んだ。
凛として美しく、少女の透明感、ひたむきさというか必死の思いが溢れていて、
初めて梅幸の舞台で感動した。その後も三千歳を勤めたはずだが、
漏れが行った時にはもう休演していたので、個人的にはあれが梅幸最後の舞台だ。

8 :重要無名文化財:04/03/10 23:26
最後の舞台の話が続いてすまないが、宗十郎最後の蘭蝶も忘れられない。
切り口上で、20世紀の締め括りに家の芸である蘭蝶を勤めることができて嬉しい、
こんなに可愛い芝雀さんと、若い八十助さんの八十助としての最後の舞台に
一緒に出られて嬉しいというようなことを、痩せた体で、にこやかに話していた。
あの姿は思い出すたびに胸が詰まる。もっともっと見たかったよ。。。。。

9 :重要無名文化財:04/03/10 23:55
あの豊満な紀伊国屋が痩身になっちまってな・・。
数年前にお坊吉三勤めたときは全然元気だったのにな。
さっぱり系の役者が多い昨今で数少ない濃厚な味があった
役者だっただけに、あまりにも早い死が惜しまれる。
漏れも、もっと紀伊国屋の舞台は見たかった。

10 :重要無名文化財:04/03/11 00:15
紀伊国屋さん、楽しく面白い人でした。朗らかでカラッとしていて、
素顔も素敵な方でした。
猿之助の小栗判官「壇風」の場。矢橋の(役名忘れた)で、オーレー
オレオレに合わせ、舞台でサッカーやったのが忘れられません。
今健在なら どれほど舞台が厚くなったか、ほんと「亡くなってから
重さを感じる」人。代わりがいないという意味で「元気で生きてりゃ
人間国宝」の可能性まであったんじゃなかろうか。

11 :重要無名文化財:04/03/11 00:16
>>7-6
何かこんな時間に泣けてきた

12 :11:04/03/11 00:17
すまん、>>7-10だ。

13 :重要無名文化財:04/03/11 00:20
良いスレ発見。自慢しあいましょ。
胸が詰まるというより、本当に涙が溢れたのは....
昭和50年代の歌舞伎座。勘三郎の駒形茂兵衛に歌右衛門の
我孫子屋お蔦。2階と下の会話を聞いているだけで、
困るほど涙が出てきました。感動=涙と考えれば、これが一番です。

14 :重要無名文化財:04/03/11 00:25
同じ中村屋なら、東京でただ一度、国立劇場で2週間だけ演じた
(前半休演で辰之助が代役)、逆櫓の松右衛門。
梶原屋敷の様子を語る面白さといったら....。これ見てる人は
殆どいないはず。自慢しちゃう。

15 :重要無名文化財:04/03/11 11:19
いい話が続いているところに、こんな話でスマソだが、
確か1999年11月歌舞伎座で、菊五郎、八十助、団蔵のらくだ。
初日のことだが、菊五郎の屑屋が酒乱の本性を現したあたりで、
「酒を注げ」と言われた八十助がほんのちょっぴり注いでやると、
「そんなしみったれたことだから、二人も女房に逃げられるんだ!」
場内は爆笑、二度目の離婚後間もなかった八十助はあまりの不意打ちに呆然自失。
ポカンと口を開いたまま何も言い返せない空白の時間が流れ、その阿呆面に場内また爆笑。
「感動」ではないけど、これも忘れられない場面のひとつ。

16 :重要無名文化財:04/03/11 11:32
梅幸最後の玉手、宗十郎の蘭蝶、同じ思いのお人がいて嬉しい。

梅幸丈死去の翌月の菅原「賀の祝」で、最後に白太夫がへたり込んで
忍び泣く場面、羽左さんがほんとに泣いているように思えて、
また涙・・・・でした。

17 :重要無名文化財:04/03/11 12:27
宗十郎の蘭蝶は歌舞伎を見始めた頃でした。
ですので体調が良くないとは知らなかったので亡くなった時はびっくりした。
次の月の三津五郎襲名には初日から出てなく残念と思ってたところの訃報でした。
12月は最初観る予定では無かったのだが観ておいて良かった。

18 :重要無名文化財:04/03/11 12:32
>>17
宗十郎って3256襲名とは別でマツタケ座じゃなかった?

19 :重要無名文化財:04/03/11 12:43
>15 見たかった。しかし、こればかりは....だから自慢できるんですな。
昭和50年代、夏の新橋演舞場、藤山寛美の舞台途中に突然の夕立。
場内にも大雷が鳴り響く。その度に寛美は上を見つめ、首を捻り、表情を
変え、あれは幸福な経験だったのだなあ。

20 :重要無名文化財:04/03/11 13:14
寛美のアドリブよかった。「たそがれの虹」の滝見すが子、「愛情航路」の長谷川稔
「浪花の鯉」の東光男「お祭り提灯」の花和幸助・・・千葉蝶の「愚弟愚兄」
思い出の舞台。

21 :重要無名文化財:04/03/11 13:27
>>18
いや、歌舞伎座だよ。亡くなったのは大阪だが。
幸四郎×雀右衛門の熊谷陣屋で義経の予定だった。


22 :15:04/03/11 13:29
>>19
いいだろ〜(w
やったのは初日だけだった。八十助が泣き入れた?みたい。

23 :重要無名文化財:04/03/11 14:55
誰か「中村歌右衛門の白雪姫を此の目で見ている」という人
いませんか?確か、その時の魔女は中村屋?

24 :重要無名文化財:04/03/11 16:37
>>15,19
そんなに前だったか?2000年ぐらいじゃなかったっけ
オイラが見たのは中日杉だったけど、そのアドリブやってたよ。
もっとも中身は異なって、
おめえだけ女房を2人も貰おうってのかい、みたいなニュアンスだった。
当然、場内大爆笑。

25 :重要無名文化財:04/03/11 16:41
蘭牒、宗十郎のあの挨拶、素晴らしかった。
正月を迎えての突然の訃報、しばらくあの舞台が頭の中をかけめぐった。


26 :15:04/03/11 17:02
>>24
ごめん、その通り2000年だった。襲名の前の年だったからね。
他の日にも似たのはやってたけど、「逃げられた」は初日だけのはず。

27 :重要無名文化財:04/03/11 17:59
私は、国立劇場で演された
左團次(先代)、歌右衛門、芝カンさんのお三輪の道行き。
義太夫の道行きものに初めて酔いしれました。
中でも左團次さんの芳香にノックアウト

28 :重要無名文化財:04/03/11 18:01
年がわかっちゃうけど、ずーっと昔のことね。
歌舞伎座のは見てません。

29 :重要無名文化財:04/03/11 18:10
>>3
忠臣蔵、吉、鴈、勘三人共良かった。
吉、鴈の相手だったので勘が変にでしゃばり過ぎず良かった。
役はでしゃばる役だけどね。

30 :重要無名文化財:04/03/11 18:43
>27さん 歌右衛門が初めて国立に出た時でしょ。確か漁師鱶七は
中村鴈治郎。昭和40年代の半ばですか?いいなあ。

31 :重要無名文化財:04/03/11 18:47
昭和46年歌舞伎座の国姓爺合戦。松緑の和藤内、歌右衛門の錦祥女、
仁左衛門の五常軍甘輝、三津五郎の老一官に鴈治郎の母。
こうなると「早く見た人の勝ち」になっちゃうけど、それが芝居で
もあるな。

32 :重要無名文化財:04/03/11 19:35
これはいいスレだ
Thanks 1さん

33 :重要無名文化財:04/03/11 19:44
ジジババが自慢たれるスレはここでつか?

34 :重要無名文化財:04/03/11 19:50
>>27
左團次さんのああいう役、よかったわよねー
関の戸、もう一度見てみたい

35 :重要無名文化財:04/03/11 20:02
>>33
隔離して語らせとけ。

36 :重要無名文化財:04/03/11 20:07
>>35
なるほろ

37 :重要無名文化財:04/03/11 21:08
歌舞伎座、團十朗襲名直前の4月にやった桜姫東文章。
TVで見てはまって劇場まで出かけた。
あれが初歌舞伎だった。

38 :重要無名文化財:04/03/11 22:39
海老さまの魔界の道真。
道真を貶めた人々の妄想の中に現れる魔界に堕ちた道真の激しさ、
天空に向かって叫び笑う狂気の二役の時平。
そして、本当の道真の亡霊は恨みも含まず静謐の中にいる。
すすき野に佇む亡霊は心情を吐露し、生前仕えていた
牛飼いの童子(現富十郎)の吹く笛の音が響く中に幕となる。

もう一度見たい舞台。いずれ新海老蔵で。

39 :重要無名文化財:04/03/12 00:02
>>38
孫で見れるって最高だね。裏山〜。

40 :重要無名文化財:04/03/12 00:09
天拝山自体、歌舞伎じゃ見たことないもんな〜
見たことあるってだけで裏山なのに、それが海老さまだなんて!!

41 :重要無名文化財:04/03/12 00:24
カキコ観ただけで興奮した。
ぜえったいやってくれ。新海老蔵!

42 :重要無名文化財:04/03/12 00:43
>40 天拝山は、確か国立開場の折、出たはず。山崎屋・河原崎権十郎
だったんじゃあないかなあ。間違ってたら訂正してください。
果たして「私は見た」という人が現れるか?

43 :重要無名文化財:04/03/12 00:45
11世市川團十郎の御葬式を見てる。青山葬儀場が中学への
通学ルートだった。自慢にはならないか。

44 :重要無名文化財:04/03/12 01:04
なります。

45 :重要無名文化財:04/03/12 01:06
>>42
アタシにとって、国立はとっくに開場してた劇場だもん。

46 :重要無名文化財:04/03/12 01:37
宗家藤間会での素踊り「楠公」。宗家に加え、勘三郎、雀右衛門、富十郎、
権十郎、あと誰が居たっけ。とにかく全員が素顔。これ私の自慢です。

47 :重要無名文化財:04/03/12 01:52
勘三郎を言うなら最後の法界坊。チケットを持ってる日まで
「休演するなよお、ちゃんと出てくれよお」心配でたまら
なかった。今となっては、坂東弥五郎の番頭だって自慢だ
もんね!

48 :重要無名文化財:04/03/12 02:00
>>42
いや。
市川中車(猿翁の弟)
なんか新作じみて(特に新部隊の装置を疲労しようとやたらスペクタクルで)
中車の菅丞相も悪役じみてた。

49 :重要無名文化財:04/03/12 02:05
それと>>38さんのいってるのは天拝山とは別の海老様の為に
書かれた「魔界の道真」と言う新作。
内容は>>38さんのとおり。


50 :重要無名文化財:04/03/12 03:00
>48さん
THANKS!やっぱり御幣振り回したり、火を吹いたりしたのかなあ。
文楽では天拝山やりますよね。生身の人間で見たなんて、うらやま
しいです。42拝

51 :38:04/03/12 14:10
>>49さん、フォローありがとう。
「魔界の道真」は海老さまのために数々書き下ろした
(築山殿始末や若き日の信長など)大仏次郎の作です。
上演は、1957年10月の歌舞伎座。
再演はないままです。

>>46
藤間宗家の会で上演した素踊り「佐野源左衛門常世」
私は見られなかったのですが、これも海老さまの
北条時頼が素晴らしくて、彼なくしては上演は考えられないと、
当時の宗家が言って封印されてしまいました。
写真は演劇界の追悼増刊に載っています。

52 :重要無名文化財:04/03/12 15:15
桜姫東文章、何で12代目はやらないんだろ?
ニンじゃないのか。
しかし、絶対観たいな。

53 :重要無名文化財:04/03/12 15:37
>>52
当代團十郎の清元・権助なんざ、見たくもない。

54 :重要無名文化財:04/03/12 16:12
342 :338 :04/03/03 22:48
338の公演以外をNHKが放送したかどうかは不明。
ダンダン(海老蔵時代)の清玄バージョンはたぶん放送していないと思う。

清玄・権助は仁左さんとダンダンで3通りの組合せで上演されてる。
清玄・権助の2役変わりと清玄・ダンダン、権助・仁左さんの3通り。
全部見られたのは幸せだったと思ってる。

特にダンダンの権助。
男の色気を危ないくらいにプンプンさせてた。
桜谷の草庵の濡れ場なんて劇場が静まりかえってた(トオイメ)

ダンダン権助やってるし、良かったよ。

55 :重要無名文化財:04/03/12 16:13
コピペ、うざっ。

56 :重要無名文化財:04/03/12 16:14
>>54
イラネ。
スレチガイ。

57 :重要無名文化財:04/03/12 16:54
>>56
別にスレ違いでもないと思うし、オマイの方がウザいよ。

58 :重要無名文化財:04/03/12 17:19
大根役者について語るスレはココですか?

59 :重要無名文化財:04/03/12 17:26
たとえ大根と言われる人であろうと、
一人の観客に生涯忘れ得ぬ感動を残したのであれば、
十分にこのスレで語られる資格がある。

60 :重要無名文化財:04/03/12 21:13
59がいいこと言った。

61 :重要無名文化財:04/03/12 22:27
八百蔵、源之助、弥五郎に支えられた桜姫を見てる。こんなこと書くと
「14世勘弥とのを見てるぞ」てえ人が出てきそう。居ます?

62 :重要無名文化財:04/03/12 22:28
ねらーでいたら凄いw

63 :重要無名文化財:04/03/12 22:46
猿之助の助六、雀右衛門の揚巻、鴈治郎の意休、段四郎の
くわんぺらを見てます。このスレは「貴重なものを見た」
も受け入れてくれますか?その頃の演劇界によれば、鴈治
郎が宝塚の 風と共に去りぬ にリンカーン大統領の役で
出演。「赤毛物は初めてや」そう喜んだとあります。どな
たか ごらんになってません?

64 :重要無名文化財:04/03/12 22:57
>63 猿之助の助六、雀右衛門の揚巻、鴈治郎の意休、
歌舞伎座で昔、俺は当時の扇雀が揚巻だったと思うが如何?

65 :重要無名文化財:04/03/12 23:04
>61観たいルゾ、大学生だった自分、国立劇場。それに 宇都谷峠の
通し、東宝へ移籍したG幸四郎が久しぶりに勘三郎と四つに組んだ。

66 :重要無名文化財:04/03/12 23:39
勘三郎と四代目時蔵の「め組の喧嘩」
時蔵の亡くなる1週間前に見たので
絶対忘れられない。
民放TVで中継され、追悼で再放送されたんだけど
その映像は現存しないのかなぁ。

又八は勘九郎だった。
とってもいい女房振りだったので、若い死はとてもショックだった。

役者の死でショックだったのは、時蔵、團十郎、團蔵、辰之助です。

>61
諸般の事情で勘弥・雀右衛門の清玄桜姫は見損ないました。

67 :重要無名文化財:04/03/12 23:39
>>50
なんせ遠い昔なんで(w
火も吹かなかったし(正直、無理だと思う)御幣振り回したりはしなかったと思う。
文楽の天拝山を見た事がないので比べられんが、人間が文楽どおりやっても面白くは
ないと思う。
古い演劇界引っ張り出して確認したが、劇評も不評っぽい。

68 :重要無名文化財:04/03/13 00:25
髪結新三の大家、中車丈が私の観た翌日にお亡くなり吃驚、合掌。
急な代役は先の権十郎が演じた。

69 :重要無名文化財:04/03/13 00:30
>>59
1人を感動させればココで語る資格ある。
って言いますけど、そんなの勇気入りますよ。
アンチに無意味に叩かれるの怖いから
胸の中に大事にしまっておきます。
よりによって、團十郎の東文章すか、勇気ありますね。

70 :重要無名文化財:04/03/13 00:32
玉スレで玉ヲタが語ってたのをコピペしただけじゃん。
当人がここに書き込んだわけじゃない。
よく読めや、藻前こそ勇気ありますね。

71 :重要無名文化財:04/03/13 00:41
このスレ面白い。年寄りの自慢を聞くのも口惜しいけど、まあ
芝居ばっかしは「先に見た方が勝ち」だから仕方ないか。最近
見始めた人もドンドン書き込んでください!あたしゃ、15・24
さんの書いてる「らくだ」が一番の名舞台。確か 逆櫓・将門
と続いてくたびれた後で...菊五郎も八十助も素晴らしく、團蔵
のらくだがまた結構で「歌舞伎役者の喜劇がこれほど素敵とは」
と見直しました。長く見ている母親も「最近じゃあれが一番良
かった」と言ってます。

72 :重要無名文化財:04/03/13 00:44
>63 京都 南座?

73 :重要無名文化財:04/03/13 00:58
戦後すぐに東劇で忠臣蔵の通しがあり、高砂屋の戸無瀬と判官は
気品があってよかった・・・。もっとも、先代梅玉を見たのは
これきりでしたが・・。

74 :重要無名文化財:04/03/13 02:07
>73 御冗談でしょ と言っちゃいたいけど、やっぱ羨ましい。
70越えて2ちゃんねるさまあ、もっと話を聞かせてくだされ。

75 :重要無名文化財:04/03/13 06:47
>>71
他の日は八十助も「イヤなこと言うなよ」とか言い返してたけど、
まさか初日っからやられるとは思ってもいなかったんでしょう、
あの機転者が何も言い返せなくて、見事に固まってましたよね。
あれ観て八十助がますます好きになっちゃいました。

76 :重要無名文化財:04/03/13 10:23
質問です。
昭和50年国立の「加賀鳶」を見たという方いませんか?
団十郎が海老蔵時代に子守り娘のお民をやったとありました。
私の生まれる前の話で、演劇界の別冊で写真を見ただけなので話が聞きたいです。

77 :重要無名文化財:04/03/13 11:00
75さん 加賀鳶が好きで観ています。久し振りの通しで橘屋が死神も。
多賀之丞のお兼が最高 新聞評でも<珍役=市川宗家の娘役(鳶の2役)
元気いっぱいの演技で愛嬌がある>本人いわく『暗中模索です」ーーー2ちゃんではこれぐらいが限度。




78 :76:04/03/13 11:04
>>77
早速のお話ありがとうございます!
写真の団十郎さんは素顔に近くってでもかわいいw

79 :重要無名文化財:04/03/13 11:07
>77   ↑76さんの間違い、すまそん

80 :重要無名文化財:04/03/13 16:44
鶴助さん最後の「合邦」の講中

81 :重要無名文化財:04/03/13 19:31
多賀蔵、最後の「対面」の大名。せりふ回しはまるで世話。

82 :重要無名文化財:04/03/13 20:12
歌舞伎座、勘三郎急病で俊寛は勘弥、桔梗の光秀は十三代目が代役。
   勿論、役者はそつがなく、大向こうが代役ご苦労様〜と。


83 :重要無名文化財:04/03/13 21:58
>82さん 勘弥の俊寛、羨ましい!私が見たのは権八、南郷、繁山栄之丞、
伊右衛門、細川勝元....つまり華々しい主役が1つもないんです。凄い
不入りだったと聞く国立の鬼一法眼三略巻の時も、大蔵卿の演技は素晴ら
しかった由。源平布引滝の齋藤実盛なども御覧になってますか?主役の
勘弥って如何でしたか?


84 :重要無名文化財:04/03/13 22:51
勘弥「明君行状記」に寿美蔵、舞台で倒れ、そのまま病院行きかと思いきや
なんと九州のとある温泉に行く。あれは病気だったのか、いったなんだったんだろう。
名古屋中日劇場

85 :重要無名文化財:04/03/13 22:53
三右衛門、なんと「石切り」の剣菱、黒子に身体を支えられ最後の舞台。
もうふらふら

86 :重要無名文化財:04/03/13 23:05
「廓文章」阿波の大尽が松柏、幇間が小紅屋の市十郎、もう皆んな、これが最後の舞台
というのがわかってるので、まわりの役者たちは、涙なみだ状態。松柏はもう餅つきの杵
すら持てる状態じゃないし、市十郎も立ってるのが精一杯。見てる方も辛かった。
このあとあまり日がたたないうちに、訃報を聞いた。

87 :重要無名文化財:04/03/13 23:26
勘弥=劇団には幸、勘がいて常に後塵。が、老若男女そつなく懐は深かった、11代目死後の
 数年間は本役の15代目系の役、昔から16ミリの羽左と称されたじゃないの。
 国立が出来て準専属的、御所の五郎蔵とか与三郎の通しの主役を張りましたっけ。


88 :重要無名文化財:04/03/13 23:31
晩年の寿海@歌舞伎座〜もう立てなくて座ったまま,板付き“対面の工藤


89 :重要無名文化財:04/03/13 23:33
「松浦の太鼓」でも左司馬の寿美蔵と大喧嘩。結局升田屋が折れたが・・・
勘弥のあの時の切れようはなかった。

90 :重要無名文化財:04/03/13 23:36
寿海の工藤、もう最後かと思うと、そんな思いで見てたな。

91 :重要無名文化財:04/03/13 23:39
>89 これは「勘弥が主役を演じると、揉め事が起こる」
という意味なのですか?舞台で怒ったのですか?

92 :重要無名文化財:04/03/14 00:35
>84
勘弥が「名君行状記」の相手役に孝夫ちゃんを
抜擢した時のは見ました。
演舞場で孝夫にいろいろ役を付けてくれましたね。

権十郎の「実盛」は東横ホールで見ました。
孝夫の東京初演の「義賢最期」が付いたので、
小万の件が良く理解できました。

93 :重要無名文化財:04/03/14 09:18
成太郎が「紙治」の三五郎。この頃はかなり弱っていたので、この役をやる成太郎が
かわいそうで。もう、栄御前もお庄もおえんもできなくなっていた。千秋楽のころは
花道すら使えない状態であった。数え80の三五郎を上方の味で熱演していた。
心の中でさようならを告げた。

94 :重要無名文化財:04/03/14 09:58
歌舞伎チャンネルで放送する昭和55年11月の歌舞伎座「敵討襤褸錦」は?

95 :重要無名文化財:04/03/14 11:19
>94 鴈治郎、延若、勘九郎の舞台でしょ、生で見てる。
青江下坂二つ胴 の台詞が有名だけど、名舞台というよりは
貴重な舞台。以来、出てないはずです。同じ鴈治郎なら、
「沼津」が放映されるチャンスがあれば是非御覧なさい。
空前かどうかは知らないけど、絶後の呉服屋十兵衛。

96 :重要無名文化財:04/03/14 11:59
「沼津」荷物安の三右衛門 なんともいい味
最晩年は花道がおぼつかなかった

97 :重要無名文化財:04/03/14 13:50
>96 荷持ち安兵衛って....嵐リカクの前は、三右衛門だったん
ですか?

98 :重要無名文化財:04/03/14 16:46
映画から戻ってきて、すぐ荷物。成駒屋がりかくにスカーフをプレゼントして
その代わりに「三右衛門に荷物やらせてやってな」


99 :重要無名文化財:04/03/14 16:54
>本題と違う話ばかりでスミマセン。私が見た昭和50年代の
鴈治郎の十兵衛(南座、中座、歌舞伎座)。荷物は全てリカ
ク。あの顔と花道での独り言が好きでした。ああ芝居を見て
るんだと感じました。三右衛門っていつ頃、荷物を勤めてい
たんですか?リカクより更に良かったんですか?

100 :重要無名文化財:04/03/14 20:44
そのリカク最後の京都顔見世。1日だけでも出たいということで「曽根崎」の天満屋。
とにかく舞台に上がれる状態でないところを、寝台車と酸素、点滴など持ち込み、意地の
舞台。2,3日勤めて、その暮れの27日に亡くなる。

リカクの荷物のほうがもちろんいいが、三右衛門は名古屋を勤めた。
花道の独り言は、なんともいい味でしたな。上方のこの手の役者はもういません。

101 :重要無名文化財:04/03/14 22:16
金十郎は最後までよく動いた。

102 :重要無名文化財:04/03/14 23:29
>100さん リカクのほうがもちろんいい と伺い、嬉しく
なりました。上方に限らず、日本にあの手の役者はもういな
いような気がする。最後の「尻尾のような物」をつかまえる
ことが出来たのかもしれません。
しかし、過去を懐かしんでばかりじゃ仕方ないので、現代の
名舞台も追いかけたいと思います。

ところで、名古屋を勤めた=勘三郎が平作を演じた時の御園
座ですか?その時だけ、何故かリカクは出なかったんですか?

103 :重要無名文化財:04/03/15 08:06
名古屋は「沼津」3回かかってますが、リカクではありませんでした。という記憶です。

104 :重要無名文化財:04/03/15 12:49
リカク 今まで何て読む?と思ってたので良かった。

105 :重要無名文化財:04/03/15 13:34
昭和54年だったか京都の顔見世、リカクかなり弱ったいたが「車引」の時平公。
ベルトで後ろ帯を支えて立ってる状態だ立派な顔でした。

106 :重要無名文化財:04/03/15 13:59
あの頃は面白い役者がいましたなあ。国立劇場で尾上松緑
再演の御ひいき勧進帳。確か「麿が出たぞ、怖いぞ怖いぞ」
の台詞の奇妙な公家さん。
1人が松柏(だったと思う)。今1人は誰だったか。

107 :重要無名文化財:04/03/15 21:04
>106
私も拝見しましたがもしかすると寿美蔵だったような気がしますが

108 :重要無名文化財:04/03/15 21:41
歌舞伎座で観ました。
勘三郎に<夏祭の義平次を請われた>晩年の浅尾奥山。

109 :重要無名文化財:04/03/15 23:22
浅尾奥山これはすごい。松柏も奇妙な人でした。白蔵や金十郎も奇人。弥五郎がマトモに見えました。

110 :重要無名文化財:04/03/15 23:45
助高屋小伝次、最晩年の「鏡獅子」の渋川、ふすまの扉約一畳あたりに座り、立ち上がるとき
用人に手を取ってもらい下がる。最後はもう自分で立ち上がることができなかった。
その逆で用人の新七、ほとんど立てず助高屋に介添えしてもらうこともあったが、飛鳥井の
多賀之丞がその頃はもうフラフラで吉野の菊蔵だけが元気。

111 :重要無名文化財:04/03/16 00:14
璃?、霞仙、松柏、松若、奥山、愛之助、上村吉弥と
上方には特に個性的な脇役の人がいましたね。

荒次郎、左文次、團之助、歌門、田門、金十郎
東京にもいました。

千弥ってなぜ年とらないのでしょう。
千弥の名題披露は豪華でしたよ。(1955年)
お土砂のお七で、紅長は勘三郎、吉三は歌右衛門でした。
米吉(現歌六)が丁稚で初舞台でした。

112 :111:04/03/16 00:24
2ちゃんでは、璃?のカクの漢字は「?」になっちゃうのね。
漢字登録してたから使ったんだけど。

113 :重要無名文化財:04/03/16 02:17
このスレ面白い!1番さんに感謝!

114 :重要無名文化財:04/03/16 09:32
松島屋が「楼門」の五右衛門のとき、前に中納言を今の吉五郎さんに頼んだけれど
「あの役は結構です」と断わり、鶴蔵も病気で、結局なしでやりましたね。

115 :重要無名文化財:04/03/16 09:58
私も2ちゃんでひさしぶりに笑わせてもらいました。このスレおもろい!
1番さん感謝です!

116 :重要無名文化財:04/03/16 15:39
>111 霞仙・愛之助は「この役」という記憶がないけど、後の5優は
姿形がハッキリ浮かぶ。奥山の義平次も見てる。荒次郎〜團之助は
知らないけど、鯉三郎、新七、歌門、田門、弥五郎、金十郎、小伝次、
福之助、八百蔵、子団次、源之助、多賀蔵....皆あたりまえのように
毎月出てきた。来月もあたりまえのように出てくるかと思ってたら、
何時の間にか、誰も出てこなくなっちゃった。
今は助五郎・四郎五郎に「何時までも元気でいてください」とエール
送ってます。
「年さえ重ねれば、面白い脇役になる」のだろうか?何年か後には
法界坊の舞台に「楽しく達者な番頭」が現れるのだろうか?

117 :重要無名文化財:04/03/16 16:46
愛之助、「文七」の家主、ひさしぶりの大役でそれらしく演じて巧かった。
松若、晩年は商業演劇に引っ張りだこ、久し振りに御園座の顔見世で「鳴神」
の坊主、なんとか踊って面目躍如。金十郎は十八番(紫十種)の与市べえ、花道の後姿に
大向こうが3,4人で「紫屋!!!」これには驚いた。物凄い人気。

118 :重要無名文化財:04/03/16 17:08
おまいらいくつなのれすか?(荒らしじゃなくて感嘆してる)

119 :重要無名文化財:04/03/16 19:14
>118さん ただ「子供の頃から見ている」というだけです。

120 :重要無名文化財:04/03/16 19:28
>>119
で、今は?

121 :111:04/03/16 21:04
私も小学生から見始めて、観劇暦50年です。

122 :重要無名文化財:04/03/16 22:18
私はなんとか今年89歳の誕生をむかえられそうです。贔屓は鶴助と多賀蔵、上方はやはり
霞仙さん、最近では、この間亡くなった我童丈は大好きでした。勘三郎は大嫌いでした。
あんなセコはいません!

123 :50:04/03/16 22:29

東劇のlast,歌舞伎座の開場。昭和25〜26年頃を記憶しておりまつ。


124 :50代です:04/03/16 22:32
↑  手が滑ってもうた。<上記色々書き込んだ者です>すんません。

125 :重要無名文化財:04/03/16 23:57
>122
我童さんいいですねー。最晩年の姿を2、3度みただけでしたが、
ああいうのを「はんなり」と言うんでしょうかね?と思いました。

若かりし頃はさぞキレイだったのでしょうね。

126 :重要無名文化財:04/03/17 00:15
>片岡我童 野崎村の御家さんが良かったですね。他に....何を
見ているだろう。そうだ、妹背山御殿の橘姫(お三輪は歌右衛門)。
珍しいでしょ。

127 :重要無名文化財:04/03/17 00:44
我童さんの舞台、夕霧、豚姫の岸野、おえん、お庄、
満江、上田村のおかる、新薄雪の籬、六段目のお才
など次々浮かびます。
松竹座の故人の写真に「十四世 仁左衛門」と
なっているのが悲しい。
私の中では我童さんしかいない。
紅で書いたサインも持ってます。

128 :重要無名文化財:04/03/17 01:36
>127さん 私も十四世 仁左衛門より、片岡我童のままの方が
良かったと思います。なにより、人間国宝になっても全くおか
しくない人だった。欲がなかったのかなあ。最初は「この人
真面目に芝居してるのか」と感じた。好きになるまでに、結構
時間が掛かりました。今になって、其の存在が如何に大きかった
か分かります。沢山見たけど、もっと見ておきたかった。

129 :重要無名文化財:04/03/17 09:32
芝鶴さんの立花屋の女房と我童さんのお庄は双璧ですな。これはこのおふたりの
独壇場。

130 :重要無名文化財:04/03/17 09:58
2ch全体の中でも平均年齢高そうなスレだなー。

ぢぐぞー、うらやましいなー・・・。本や映像でしか知らん世界だ・・・。

131 :重要無名文化財:04/03/17 10:23
50代スレより平均年齢高そう・・畏るべし、高齢ちゃねらー

132 :重要無名文化財:04/03/17 10:38
平均年齢高いとは思ってたけど、親世代を越えてるのか。
伝芸板ってすごいんだな。

浅尾奥山って「奥山をきる」の人?

133 :重要無名文化財:04/03/17 10:59
>私は40代。サザンやユーミンも....同時代の人間として見てます。
ユーミンは松任屋を名乗る前から贔屓でした。

134 :重要無名文化財:04/03/17 11:07
>132 浅尾奥山=中村屋が上方から特に招いた由。シーラカンスみたいな
俳優が生きていたのかなあ。見た時は小柄はお爺さんで「そんな偉い珍し
い人」とは思わなかった。
その時の一寸徳兵衛は誰だっけえ。守田勘弥だったか片岡仁左衛門だった
か、これが覚えていません。演劇界の増刊「三代の名優」に義平次の写真
が載ってます。この「三代の名優」は面白いですよ。お持ちでなければ、
古書店で探してみることを、おすすめします。

135 :重要無名文化財:04/03/17 11:10
>>132
ぐぐったら「奥山をくわす」の人でした、スマソ。

136 :重要無名文化財:04/03/17 12:56
芝鶴・我童になんとか「封印切」のおえんの成太郎を入れていただけませんか?
もう年は隠しません、恥ずかしながら87歳です。残り少ない日にこんなすばらしい
語らいの場が在るとは思いませんでした。

137 :重要無名文化財:04/03/17 13:31
>>136
てことは、もしかして又五郎と同じくらい!?
素晴らしいです。もっといろいろ聞かせてください。

封印切のおえんの成太郎、そんなによかったんですね。
上方も江戸も、そういう役のできる人がどんどんいなくなって口惜しいことです。

138 :重要無名文化財:04/03/17 13:55
>136 「封印切」のおえん、いい役ですね。歌右衛門が勤めたのを
見たことがあります。さらりとして情味があり、それはそれは結構
なものでした。なにしろ、前幕ではヤマタノオロチだったんですよ。
昭和46年12月の国立劇場です。


139 :重要無名文化財:04/03/17 14:33
>130さん 羨ましがってたら、キリありません。例えば...法界坊。
私にとっては勘三郎に弥五郎の番頭だけど「え!吉右衛門と吉之丞
を見てないの?」と言われちゃう。その前だと「大橋屋の番頭は良
かったねえ」になるらしい。遠慮しないで、現代の名舞台もドンド
ン書き込みましょ。

140 :重要無名文化財:04/03/17 15:38
古けりゃいいと言うものではないですな。吉之丞はそれほどでもありません。弥五郎
のほうが数段上ですよ。あの方、結構芝居がさっぱりしていてうまいです。若いところでは
我童さんよかったですね。まあ成駒屋の嫉妬はすごかったですね。それくらい巧くて美しかった。
ちなみに私は83の老婆です。よろしくおねがいします。

141 :重要無名文化財:04/03/17 16:18
>140さん 弥五郎さん、好きでした。「吉之丞より上」と伺い、
とても嬉しい。桜姫の口上も良かったですよねえ。
もしや、大橋屋・尾上幸蔵も間に合ってますか?もし御覧になっ
ていたら、どんな舞台だったか お教えください。

142 :重要無名文化財:04/03/17 17:22
皆様、野暮を承知で思わずつぶやいちゃいますが、年齢マジですか〜。
観初めてまだ八年の小僧ッ子としちゃあこのスレ面白すぎです。
がんばって書き込んでください。

143 :重要無名文化財:04/03/17 18:02
古き良き上方芝居に興味津々。
もっといろいろ教えてください。

144 :重要無名文化財:04/03/17 18:14
>>133
「松任屋」最高!激笑った

145 :1:04/03/17 18:25
皆さん、とても読み応えあり想像以上の良スレとなりとても嬉しいです。ありがとうございます。

>>142
スレ立てた自分なんて、まだ三年半の初心者です。
評論家の方がよく言う昭和の六人、勘三郎、歌右衛門、團十郎、幸四郎、松緑、梅幸の
一人も観れず残念です。宗十郎、羽左衛門に何とか間に合ったくらいです。

歌右衛門の追悼番組で放送された、松緑との茨木を生で観た方いますか?
太刀持ちが今の延寿太夫、右源太が福助時代の梅玉でした。
映像で観た舞台であんなに迫力あり素晴らしいのは初めてでした。
生で観た感想をお聞きしたいのですが、お願いします。

146 :重要無名文化財:04/03/17 19:23
>145さん こちらこそありがと。茨木もちろん見てます。ただね、
記憶に残ってません。映像と生とでは、受ける印象が違うのかも
しれない。世評と自分の感性は必ずしも一致しない。だから面白い
のよ。

147 :111:04/03/17 20:39
愛之助は堀川で鳥辺山の稽古をつけるおっかさんの役、
若松会の油地獄のおっかさんは印象に残ってます。
孝夫の与兵衛が捕まるところまであって、手ぬぐいで
頬かむりをしてやる場面などいいものでした。

成太郎は孝夫初役の番町皿屋敷で叔母真弓をやっていて、
さすがにこの世代の中に入ると「叔母さまは苦手じゃ」
といわれるだけの威厳はありました。この時の(孝玉コンビ)
レコード持ってますよ。

團之助は合邦の女房や三婦の女房などを見ています。
なんだか手をひらひらさせる癖があったように思います。

148 :重要無名文化財:04/03/17 21:34
成太郎の真弓に「叔母様は苦手じゃ」・・・もう読んでいて
涙がこぼれてきました。111さん、ありがとうございます。
晩年は、もう身体を悪くして数々のお役は無理でした。

149 :111:04/03/17 22:26
>>148さん
私は東京在住で、まだ休暇をとるのが当然の権利ではなかった
昭和40年代から時々南座などへ遠征していたので、上方の役者も
見ることができました。
周りにはそんな話の通じる人が少なく、成太郎で涙してくださる
なんて嬉しいです。
顔見世でさえ当日売りで楽に買えました。

太郎も吉三郎も逝くのが早すぎましたね。近年では徳三郎も。(涙)

150 :三世河内屋ふぁん@5枚 ◆F3dsoI/kaU :04/03/17 22:57
古き良き上方歌舞伎には間に合いませんでしたが、
三世實川延若丈の舞台を生で観ることが出来た自分は、
本当に本当に幸せ者です。



151 :重要無名文化財:04/03/17 23:11
延若・我童の雁のたよりも見たなぁ。
「重ね井筒はえー あれは延若さんの紋所」
の下座唄と下駄の音を響かせながら、
「もう一遍回ってこ」「お玉は〜ん」
あの声が聞きたいです。

152 :重要無名文化財:04/03/17 23:19
上方でいけば、
二世延若/初世ガンジロ/三世梅玉とかを見た方、いらっしゃる?

153 :重要無名文化財:04/03/18 00:21
昭和50年頃、延若・歌右衛門を南座まで見物に出掛けたら、恐ろ
しい程の不入り。素晴らしい「吉野山道行」を前に、申し訳ない
という気持で一杯になりました。同じ頃、朝日座では芝カンと
義経千本桜の通し。3階から「おまちかね、さんだいめ、おお
かわちや〜」という声が掛かり...これには驚いた。入りはどう
あれ、何時も決して投げず、一所懸命演じてくれる優でした。
珍しい演目も多かったですね。確か「弥作の鎌腹」を見た覚え
があります。

154 :重要無名文化財:04/03/18 01:33
延若も我童も、何時も居るのが当たり前でした。居なくなって凄く
寂しい。今の基準で行けば、両優とも当然「人間国宝」として称え
られる人ではなかったか。両優に限らず、もっともっと評価されて
しかるべき人が大勢いたのではなかったか。不満を表面に出さず、
楽しい舞台を見せてくれた人が大勢いました。私も「済まない」と
いう気持で一杯です。観客が「済まない」と言ってもしゃあないけ
ど、そうとしか言いようがない。
ところで、珍しいと言えば、写真でしか知らないのが田沼意次暗殺
を題材にした「有職鎌倉山」。どなたか御覧になってませんか?



155 :三世河内屋ふぁん ◆F3dsoI/kaU :04/03/18 08:51
「柳影沢蛍火」、三役早替わりに本水の「怪談乳房榎」を
ご覧になった皆さまのご意見ご感想もぜひお聞かせ下さい。

あと、題名が思い出せないのですが、
乱戦にまぎれて恋敵の侍を暗殺したものの、
自分も盲目になって放浪し、姫にも見捨てられて
最後は自殺する役・・・確かありましたよね?

156 :重要無名文化財:04/03/18 10:29
恥ずかしながら、もう黙って見てられなくなりました。数えで九十になるものです。
皆様のお話、うれしゆうございます。見てるだけでたのしくなってきます。
私はもう冥土の飛脚ですが、これからもよい芝居を見て感想を寄せてください。
私は大成駒ひとすじでファンとしてはずっーと優越感にひたっておりましたが、
正直、我童丈を拝見したときは「この人はすごい」とあまりの綺麗さにほれぼれしました。

157 :西銀座:04/03/18 10:33
155さん、お久。 綺堂の室町御所です。
歌舞伎座で猿翁と 国立で河内屋2度観ています

158 :紫屋:04/03/18 12:14
はじめまして 
利根川金十郎さんの「紫十種」をお教えくださいませ
与市兵衛、番頭与九郎、花形屋、茶亭・・・・年のせいで物忘れがひどく
申し訳ありません。

159 :重要無名文化財:04/03/18 12:43
>154さん
1963年4月、歌舞伎座で有職鎌倉山は
見ているんですが殆ど記憶に…
今筋書を引っ張り出して、そういえばそんな場面も
という状態です。

11代目贔屓だったので、同時上演のお祭佐七や
夜の修学院物語、春雨傘などの印象に消されてしまった
ようです。

160 :三世河内屋ふぁん ◆F3dsoI/kaU :04/03/18 23:25
>>157
こちらこそご無沙汰しております。
なるほど、室町御所という題でしたか。
「演劇界」の劇評を読んで、あぁ観たかったなあと。
河内屋で2度ご覧になったということは、
やはりニンに合っていたからでしょうか。



161 :ハットリ君:04/03/18 23:35
ニンニン

162 :重要無名文化財:04/03/21 19:28
今月の新口村もいいけど、平成元年歌舞伎座、
孝夫、雀右衛門、大松島での舞台も忘れられない。
筋書によると、大松島が休んで我當に代わったみたいだけど、
漏れが行った時はまだ大松島がやっていた。
大きくて暖かい、そして悲しい孫右衛門だった。
あれを観ていなかったら、ここまで歌舞伎にのめり込んでいたかどうか。
やはり、忠兵衛と孫右衛門は別々の方が好きだ。

163 :重要無名文化財:04/03/21 23:22
>162
平成元年10月興行
6日に花道から転落、この日は勤めきり翌日から休演。
この年旧南座おしまいの顔見世には菊畑の鬼一で復帰。
羽田監督の映画に詳しく残っているのが幸いです。

164 :162:04/03/22 01:17
大松島の出演、6日までだったんですか!? 観られたのは運がよかったなあ。
花道から転落とは、やはり相当視力が衰えていたんですね。

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